


KUTYさん

ぴーさん

ミッフィーさん

ひるりさん

SAKUさん

なぷこさん

ミホマルさん

ケンジパパさん

パリパリさん

かんずさん

しんやっぴーさん

あきちゃんさん

こもりんさん

るーちょんさん

コタさん

しほママさん

シブゴリンさん

ななやさん



かぐや姫さん

ともきさん

しまともさん

さとうさん

サクラさん

ゆりよさん

ゆにちかさん

マリンさん

yuikoさん

うどんこさん

おねみさん

のり塩さん

まっさまんさん

貫井 順子さん

みーちゃんさん

しゅんちゃんさん

ナミンコさん

ももりんさん


ちーちゃんさん

Sakuraさん

ミホさん

しゃむこさん

りゅうちゃんさん

匿名希望さん

風来坊さん

ヨッシーさん

中山ぶんたろうさん

ういちゃんさん

木の下のはりゅさん

はるちゃんさん

しましまさん

つばささん



-
ぱりんこが繋いでくれた縁
高1の頃、母が持たせてくれる弁当には、いつもおやつとしてぱりんこが付いていた。ある日、僕の席の隣にいる女子が弁当を忘れた。売店でパンを買うお金も持っていなかったようで、紙パックのジュースだけをちびりちびりと飲んでいる。「よかったらこれ食べる?」僕がぱりんこを差し出すと「えっ、貰ってもいいの?」と、彼女は目を丸くしながら受け取った。「おいしいっ」と満面の笑みで齧り付く彼女。無邪気なその笑顔に、一目惚れしてしまった。この出来事がきっかけで、彼女とはよく話をする間柄に。僕が教科書を忘れた時は、彼女が机を寄せて教科書を見せてくれた。2年生に進級し、クラスが別々になったのを機に彼女と付き合うようになり、今では僕の生涯の伴侶となった。ぱりんこが繋いでくれた縁。もしあの時、勇気を出してぱりんこをあげていなければ、どうなっていたのだろうと思う。今でも母とぱりんこには、感謝の気持ちでいっぱいだ。ニックネーム/マサキックスさん
続きを読む閉じる -
左手のぱりんこへ
「終わんないよー!!」数学が苦手だった私は、高校生時代、大量の課題をなんとか終わらせるのに必死でした。ぱりんこと聞くと、提出期限が迫った日曜日の夜を思い出します。右手にシャーペン、左手にぱりんこ。集中するとお腹が空いてしまうから、家の電子レンジの上に置いてあったぱりんこを急いで取って、答えを見てでも提出できる状態にしようと無心で口と手を動かしていました。月曜日、提出するページをみると折れたシャーペンの芯と一緒にぱりんこのカスが挟まっていました。先生にばれないように提出直前にカスを払っても払いきれず、前のページを見返すと数か月前のぱりんこらしきカスが残っていたこともありました。それでも、ぱりんこのおかげで私は無事に提出物を出し切ることができ、大学生になることができました。左手のぱりんこへ、一緒に課題に取り組んでくれてありがとう。ニックネーム/こんりぱさん
続きを読む閉じる -
助けられました
食が細い息子が幼稚園の頃に朝ごはんとしてぱりんこにスライスチーズを挟んで、それなら食べてくれた時期があったのを思い出しました。最初の子で何も食べずに出掛けるより安心したのを覚えています。そんな息子も23歳…今でも実家に帰ってくるとぱりんこ食べてる姿が当時と変わらずカワイイです。親バカですね!ニックネーム/りてけさん
続きを読む閉じる -
こっそり夜のお楽しみと「ぱりんこ」の音問題
子どものころ、夜になると台所の戸棚から「ぱりんこ」を一枚だけこっそり持ち出すのが楽しみでした。袋を開けるときの「パリ…」という音が妙に大きく感じて、毎回ヒヤヒヤ。家族にバレないように、テレビの音が一番大きいタイミングを狙って袋を開けるという、謎のスキルまで身につけていました。ある日、静かすぎる夜にやってしまい、思いっきり「パリッ!」と響いた瞬間、2階から「今、鳴ったよね?」と声がして心臓が止まりそうに。結局「ぱりんこは音まで美味しいんだよ」と謎の言い訳をしてごまかしましたが、その日以来、なぜか家族公認の“夜の一枚おやつ”になりました。ニックネーム/しーちゃんさん
続きを読む閉じる -
ティータイム25年
結婚したとき、夫から「我が家にはティータイムがある」と聞かされた。ティータイム!?どれだけ上流階級なんだ!と驚いた私は、とても緊張しながら夫の実家に行った。結婚して初めての休日である。確かに家族そろってのティータイムが催された。そこで出てきたのはぱりんこ。湿気ないように洗濯ばさみで止められていた。「こぼれるからこれ敷いてね」と渡されたのは、広告チラシだった。なんとも言えないほっこりティータイムである。それ以来、25年たった今も家族のティータイムは続いている。そういえば、ぱりんこは今年50周年を迎えるのだとか。ちょうど私と夫と同い年だ。今度のティータイムでぜひ話題にしてみよう。ニックネーム/こっちさん
続きを読む閉じる
-
粉骨砕身
皆さんは、ぱりんこと最初に出会った日を覚えていますか。食パンを咥えて走っていたら、曲がり角でぶつかったんでしょうか。それとも、高校の同窓会で再会?あるいは、しぶしぶ参加した自治会の会議で遭遇したのでしょうか。私とぱりんこは幼馴染で、いつも一緒にいました。福岡まで車を飛ばした日、京都まで新幹線に乗った日、いつもお弁当袋の中にぱりんこがいました。ぱりんこはいついかなる時も私に安心感を与えてくれていたんです。それは、私がニュージーランドへ訪れたあの日も同じだと思っていました。"It’s my favorite Japanese snack."と言ってぱりんこを渡す。それが私の頭で考えついた、海外の方との唯一のコミュニケーション方法でした。いつもより少し多いぱりんこを持って、いつもよりかなり遠い場所へ向かう。"Here it is!"中身も確認しないままホストファミリーにぱりんこを差し出した瞬間、やっと気づきました。ぱりんこのぱの字もない、粉々の米菓が我が手中にあることを。絶望する私をよそにホストファミリーは喜んでくれました。ちなみに、ぱりんこは粉々になっても美味しいそうです。ニックネーム/もものすけさん
続きを読む閉じる -
遠征の相棒
中学の部活の遠征、おやつの時間は唯一の癒やしでした。そこで私がいつも持参していたものこそ、「ぱりんこ」です。ぱりんこは、ただ美味しいだけではありません。特筆すべきはそのボリューム。一袋で部員全員に行き渡るほどたっぷりと入っており、まさに遠征の救世主でした。カバンからその大袋を取り出すたび、みんなが笑顔で集まってくる光景が今でも目に浮かびます。みんなでボリボリと音を立てて頬張り、試合の緊張をほぐし合った時間は、青春そのもの。ぱりんこには、友達との温かい思い出がぎっしり詰まっています。ニックネーム/ぱり子さん
続きを読む閉じる -
手渡される、あの夏の塩味
小学生の頃、夏休みは大冒険の始まりだった。兄弟3人で新幹線に乗り、祖母の家で過ごす丸一ヶ月。足の悪い祖母との毎日は派手なイベントこそないが、畳の匂いがする縁側での昼寝や、庭での蜘蛛の巣退治、ヤモリ探しなど、穏やかな時間に満ちていた。そんな静かな夏の主役は、いつも祖母が出してくれる「ぱりんこ」だった。袋を破る軽快な音とともに、兄弟で競うように手を伸ばす。暑い夏、汗をかいた体に絶妙な塩味がたまらなく美味しくて、夢中で何枚も食べた。一ヶ月が過ぎ、自宅へ戻る日。祖母は「新幹線で食べてね」と、満開の笑顔で何袋ものぱりんこを持たせてくれた。車窓の景色を眺めながら兄弟で分けたあの味は、少し寂しくて、でも温かかった。今でも入道雲を見上げ、ぱりんこの袋を開けると、あの縁側の風を思い出す。口に広がる塩味は、一瞬で私をあの夏へと連れ戻してくれる。祖母がくれたのはお菓子だけでなく、穏やかな「安心感」そのものだったのだ。今は、小学生になった我が子と一緒にぱりんこを食べている。「これ、おいしいね」とはしゃぐ横顔を見ながら、あの日もらった優しさを、今度は私がこの子たちへ手渡しているのだと感じている。ニックネーム/Rinさん
続きを読む閉じる -
ぱりんこパズル事件
小学校の遠足。おやつの中で、いちばん楽しみにしていたのはぱりんこ。大好きすぎて、もったいなくて、みんなみたいにすぐには食べられない。「最後にゆっくり食べよう」そう思って、大事に大事にリュックの奥にしまった。そして家に帰って、わくわくしながらリュックを開けた瞬間??袋の中のぱりんこは、バリバリに砕けていた。ショックで泣きながら、ティッシュの上にそっと広げて、くっつくはずもないのに、欠片を一つ一つ並べて元の丸い形に戻そうとしていた。食べたかったのは、ぱりんこの味だけじゃなかった。あの丸いままの、大好きな「ぱりんこ」そのものだったんだ。今思えば、あれがきっと??子どもだった頃の、いちばん純粋なぱりんこの思い出です。ニックネーム/ことかなさん
続きを読む閉じる -
定年退職したけれど…
私にとって「ぱりんこ」といえば遠足だ。小学校の教員をしていた時、遠足でおやつタイムになると、子ども達は担任の私にお菓子を持って来た。「先生、このチョコレートあげる!」「このグミ食べて。」等など。ある時、子ども達がお菓子を持ってきたら、もらうだけでなく「交換」にしようと思った。そこで、どんなお菓子がいいかスーパーの棚を見つめていた。目についたのはひらがなで書かれ、食べると「パリン!」という音がイメージできる「ぱりんこ」だった。さっそく購入、そして遠足でのおやつタイム。子ども達がお菓子を持ってきた。「ありがとう。ぱりんこと交換ね。」「ありがとう、お礼にぱりんこだよ。」といいながら小袋を渡していった。子ども達は大喜び。あちらからもこちらからも「パリン!」という音が聞こえてきた。違うクラスの子らもうわさを聞いて、「ぱりんこちょうだい!」といって私の周りを取り囲んだ。それ以降、必ずぱりんこを携えて遠足に出かけた。私は4年前定年退職し、遠足に行く機会はなくなった。しかし、スーパーの棚に「ぱりんこ」が並んでいると、パッケージの進化を喜び、楽しかった遠足のことを思い出す。ニックネーム/Manaさん
続きを読む閉じる
-
一番軽い故郷
上京する日の朝、母が「新幹線で食べなさい」と持たせてくれたのは、おしゃれな手土産ではなく、見慣れたぱりんこの大袋でした。最初は「荷物になるのに」と苦笑いしましたが、慣れない都会へ向かう車中、緊張で喉が震えるのを感じながら一袋開けてみました。「パリッ」というあの軽やかな音が耳に届いた瞬間、不思議と自宅の居間の景色が鮮明に浮かんだのです。学校から帰って、ランドセルを放り出し、テレビを観ながら母と競うように食べたあの平穏な日常の音。二枚一組の最後の一枚を、どっちが食べるか本気で相談したくだらないやり取り。たかがお煎餅、されど、その一切の気取りがない素朴な塩気は、強がって家を出た私の心を一気に解きほぐしていきました。食べ終える頃には、指先に残った粉さえ愛おしく、一人じゃないんだと心強くなっている自分がいました。今でも仕事で少し疲れた夜には、わざと勢いよく音を立ててぱりんこを齧ります。それは、遠く離れた実家と自分を繋ぎ直す、私にとって一番心強い「お守り」のような音なのです。ニックネーム/みわさん
続きを読む閉じる -
命の恩人
ぱりんこは、私の命の恩人です。初めての妊娠。つわりで何も食べられなくなったとき、なぜか、ぱりんこだけは口にできました。仕事の休憩時間、暗い更衣室で、気持ち悪さに耐えながら、一枚ずつゆっくりとかじる。その時間が、なんとか一日を乗り切るための小さな支えでした。私にとって、ぱりんこはお守りのような存在でした。そして今、二人目を妊娠しています。今回のつわりでも、やっぱりぱりんこに助けられました。でも、ひとつだけ前と違うことがあります。隣には、「おいしいね」と笑いながら一緒に食べてくれる子どもがいることです。あのとき、暗い更衣室でひとり食べていた私に、教えてあげたい。あの一枚が、この時間を連れてきてくれた。だから私は、今も変わらず??ぱりんこを、命の恩人だと思っています。ニックネーム/はんぶんこさん
続きを読む閉じる -
帰り道のぱりんこ
お父さんが迎えに来てくれる帰り道が好きだった。車に乗ると、ぱりんこをいつも通り渡してくれる。その1枚を食べるだけで、一日の疲れが一気に軽くなった。部活や検定の勉強で疲れた日も、車の中で食べるぱりんこの味は、落着ける時間だった。私にとってぱりんこは、ただのお菓子ではなく、心をほっとさせてくれる大切な思い出である。これからも50周年を迎えたぱりんこが、たくさんの人の思い出を包んでいってほしい。ニックネーム/さつまいもさん
続きを読む閉じる -
「ぱりんこ」は主食
私の体重増加は、全て「ぱりんこ」のせいです。この3段腹の中身は、全て「ぱりんこ」なんです。家族に分けることなく、独り占めの結果です。亡き母も「ぱりんこ」が大好きでした。仏壇に供えると、写真が笑っているようです。そんな母が生存中、こんな事がありました。私が仕事から帰ってくると、ご近所の若者が家にいて、ちょうど帰るところでした。聞けば、「ラジオのスイッチを入れても聞こえないから見てほしい」と呼んだそうです。何のことはない。コードがささっていなかっただけだと・・・彼の手には、「ぱりんこ」が握られていました。お礼に母が渡したのでした。なぜ、私が帰ってくるまで待てなかった!まあでも、母の天然は可愛らしい。私は今日も、仏壇の前で、「ぱりんこ」を食べながら、母とおしゃべりをしています。ニックネーム/よっしーさん
続きを読む閉じる -
ぱりんこしか勝たん
部活終わりに友達とスーパーに寄って、しょっぱいものが食べたいなーって思ってなんとなく買ったぱりんこをみんなで分けたときがめっちゃ印象に残っています。最初は普通に食べてたのに、「どっちがきれいに真っ二つに割れるか勝負しよ」ってなって、全然うまく割れなくて粉めっちゃこぼれるし、最後は笑い止まんなくてカオスでした。でもそのあと食べたぱりんこが、なんかいつもよりおいしく感じました!ニックネーム/たまごさん
続きを読む閉じる
-
ぱりんと続く、半世紀の味
幼い頃、おばあちゃんの家に遊びに行くと、必ずちゃぶ台の上にぱりんこが置いてありました。小さな手のひらにすっぽり収まるあのサイズが、子どもの自分にはなんだか誇らしくて、自分でつかめる、自分で食べられるという小さな達成感がありました。しましま模様の焼き色をじっと眺めながら、なんでしましまなんだろうと真剣に考えていたのを今でも覚えています。おばあちゃんに聞いたら「おせんべいのおしゃれやろ」と笑って答えてくれました。ぱりん、という軽い音とともに口の中でふわっと溶けていく感覚が大好きで、一枚食べるともう一枚、もう一枚と止まらなくなってしまいました。3種の塩と隠し味の醤油が生み出す絶妙な旨みは、子ども心にもなんかやみつきになる味だと感じていました。小袋のキャラクターイラストを集めるのも楽しみのひとつで、友達と見せ合っては「このこかわいい」と盛り上がっていました。あれから何十年も経った今、自分の子どもにぱりんこを渡すと、同じように小さな手でつかんでぱりんと割って、嬉しそうに食べています。50年間変わらないおいしさが、親から子へと確かに受け継がれていることに、胸が温かくなりました。ニックネーム/りっちゃんさん
続きを読む閉じる -
おじいちゃんの「二刀流」
いつも厳格で、甘いものなんて一切食べない祖父。ある日、リビングで隠れるように「ぱりんこ」を食べているのを発見。よく見ると、片手に「ぱりんこ」、もう片手に「バニラアイス」。ぱりんこでアイスをディップして、「甘じょっぱいの、最高だな……」とニヤけている姿を見て、家族全員「新時代の扉を開けたな」と確信した。ニックネーム/魂さん
続きを読む閉じる -
ぱりんこが生んだ仲間
結婚して初めて住んだ広島。夫以外に知ってる人は誰もおらずテレビばかり見ている毎日。買い物に出かけて友人と似た人を見かけるとあの子じゃないかと思わず追っかけてしまった。そんなわけないかと思った時、自分が知り合いを欲していると実感し寂しさが込み上げてきて泣きそうになった。そんな頃、大学受験の試験監督の補助の仕事をする事になった。初対面の人とチームを組んで役割分担を決める。問題用紙や回答用紙を配ったり、見回りが主な仕事なので難しくはないけれどとにかく緊張感が半端ない。受験生は人生がかかっているので失敗は許されない。無事に終わって控え室に戻る時は一気に緊張から解き放たれる。部屋で一緒のチームだったおば様が「ぱりんこ」をくれた。「有難うございます」お互いににっこり微笑んだ。同じ目的をやり遂げた仲間意識が生まれた瞬間だった。ニックネーム/ふじっこさん
続きを読む閉じる -
消えたぱりんこ
お菓子の収納場所を変えて数日、ぱりんこが数袋減っていることに気が付きました。まさかと思い、3歳の長女に確認すると、にやにやして逃げていきました。次女のお昼寝の寝かしつけ中にこっそり食べていたようです。食べた後にしっかり口を拭いて、ごみは捨てて、証拠隠滅がばっちりだったため気がつけませんでした。長女の成長を思わぬところで感じると共に、ぱりんこは手の届かないところに置いておかないといけないなと思いました。ニックネーム/ぽんちゃんさん
続きを読む閉じる -
小さなどろぼう
隣に住んでいる祖父母の家の戸棚にはお菓子が置いてありました。私と兄は小学校から帰宅するとその戸棚を開けてお菓子を選定するのが日課でした。お菓子といってもばぁちゃんセレクトなわけで、あんこを使った和菓子や子供の口にはまだ渋いお菓子ばかり、、。そこでいつも私たちがかっさらうのは、「ぱりんこ」でした。子供でも食べやすく軽い食感で、これを口いっぱいに詰めてソーダで流し込む感覚は今のんべえに繋がっているのかも。。そんなある日、いつものように帰宅後、戸棚を開けガサゴソとお菓子を選定してると大きな声が、「だれだ!泥棒は!!!」声の主はじぃちゃんでした。いつも戸棚から「ぱりんこ」だけがかっさらわれていくのをじぃちゃんは薄々気づいていたみたいです。何も言わずにお菓子をかっさらう私と兄はじぃちゃん公認の「ぱりんこどろぼう」となったのでした。今でも「ぱりんこ」を見ると、あの戸棚の匂いと、じぃちゃんの怒鳴り声、そして兄と顔を見合わせて笑った放課後を思い出します。私の「食い意地」と「お酒の強さ」の原点は、あの懐かしい戸棚の中にあったのかもしれません。ニックネーム/ラブリーんきちさん
続きを読む閉じる
-
安心をくれたぱりんこの味
息子が初めて保育園で仲良くなったお友だちが、わが家に遊びに来ることになった日のことです。直前になって、その子が卵アレルギーであると知りました。おやつは用意していたものの、原材料までは気にしておらず、私は慌てて近所のコンビニへ走りました。棚の前で「これは大丈夫?」と焦りながら手に取る中、ふと目に入ったのが「ぱりんこ」でした。シンプルな見た目に、これなら大丈夫かもしれない、と半ば直感で選んだのを覚えています。恐る恐る差し出すと、その子は「これなら家でも食べているから大丈夫!」と、にこにこしながら手に取ってくれました。息子も一緒に「おいしいね」と笑い合い、その光景に胸をなで下ろした安堵感は、今でも忘れられません。それ以来、わが家のおやつ箱には、いつもぱりんこがあります。10歳になった息子は、今でもそれを手にすると「あのときのお菓子だよね」と言います。引っ越してしまったお友だちに会う機会は減りましたが、一袋のおせんべいが、あの日の記憶を今もそっとつないでくれています。ニックネーム/みずのさん
続きを読む閉じる -
ぱりんこ半分この帰り道
私は、放課後、部活帰りにいつも寄る小さなスーパーで、私は決まって「ぱりんこ」を一袋買います。理由は単純で、家に帰るまで我慢できないくらい好きだからです。ある日、同じように棚に手を伸ばした瞬間、隣の子と手がぶつかったのです。「あ、ごめん」と顔を上げると、クラスでほとんど話したことのない彼女だったのです。気まずくて譲ろうとしたら、「半分こしない?」と笑ったのです。それから帰り道、ベンチに座って二人でぱりんこを分け合ったのです。甘じょっぱい味と、ぎこちない会話。でも不思議と居心地がよくて、それ以来、私にとってぱりんこはただのお菓子じゃなくなったのです。ニックネーム/ぱりんこ同盟さん
続きを読む閉じる -
部活の思い出
学生時代バレー部に所属していました。顧問(男性)は今の時代では考えられないような厳しい指導で、辛い練習の日々でした。最後の試合で負け引退した後に、3年生だけ集めてお疲れ様会をしてくれました。教室にお菓子と飲み物を用意してくれ、今まで良く頑張ったなとの声掛けに皆泣が止まりませんでした。あの時食べたぱりんこの塩っぱさと涙の塩っぱさを30年以上経った今でも覚えています。先生元気かな。ニックネーム/サクラさん
続きを読む閉じる -
真夜中のぱりんこ怪盗事件
私の実家では、ぱりんこは常にストックされているおやつの主食でした。特に父が好きで、夜中に小腹がすくと、あの薄い塩味をボリボリと音を立てて食べていました。ある日、箱買いしたばかりのぱりんこが、まだ数日しか経っていないのに半分以上なくなっていることに母が激怒。犯人探しが始まりました。私は兄を疑い、兄は私を疑う。しかし、誰も白状しません。謎が解けたのは週末の夜。なんと犯人は、夜食の後に食べたお菓子のゴミを捨て忘れた父でした。しかも父は、ぱりんこを袋のまま少し潰して「一気に3枚流し込む」という我流の食べ方をしており、それが美味しくて手が止まらなかったとのこと。ぱりんこは一枚ずつ味わうもの!という母の叱責と、しょんぼりする父。その夜、母が父のためにコーヒーを淹れ、二人で仲良くぱりんこを食べている姿を見て、家族みんなで笑ってしまいました。そんなぱりんこは、今では私と父の共通の好物であり、心温まる団らんの味です!ニックネーム/ぱりんこラブさん
続きを読む閉じる -
うちの父
うちの父はおせんべいが大好きです。2階の自室から1階のキッチンに降りてくる度に「美味しいおせんべいを1枚貰います」とお決まりのセリフを言って戸棚からガサゴソ。「ぱりんこは1袋2枚入りだから1枚じゃないけどね」と心の中でいつもツッコんでいます(笑)ニックネーム/ゆきあざらしさん
続きを読む閉じる
-
ぱりんこはんぶんこ
小学生の頃。遠足のおやつの「値段合わせ」に、ぱりんこが使われていました。近くの公園へ行き、お弁当を食べ、さあお楽しみのお菓子を食べようとして。勢いよくパッケージを割いた私の「ぱりんこ」は、勢いよく飛んで地面に落ちました。周りの子たちが、はっと息をのむのがわかりました。恥ずかしさともったいなさで、泣きたい気持ちになっていると……。「これ、どうぞ」と、それまであまり話したこともなかったクラスメイトが……自分のぱりんこを一枚、差し出してくれたのです。「ありがとう!」……その時食べたぱりんこが、一番美味しいぱりんこでした。その後、私たちは急速に仲良くなり。私は学校へ行くのが楽しくなったのを覚えています。ニックネーム/花屋の娘さん
続きを読む閉じる -
ぱりんこがお守り
ぱりんこをみると小さな時に3つ上の兄と留守番をしていた時を思い出します。当時幼稚園だった私はママっ子でいつも母親の後ばかりをくっついていたそうですが、母が週に一度歯医者に行く日だけは兄と留守番をしていました。しばらくして母のいない時間に耐えられなくなり泣いてしまう私にぱりんこ食べて待っていれば帰ってくるよと兄が必ずくれたのがぱりんこでした。他のおやつでは泣いてしまうのにぱりんこだけは泣きやんで待っていたそうです。今、私は母になりましたが、娘はやっぱり私に似てママっ子で泣き虫ですが、ぱりんこが大好きで小さな時は何度もぱりんこに救われました。おいしいと言って笑顔で食べる姿を見てしっかり受け継いでいるんだなぁって思いました。いくつになってもぱりんこはおいしいです。娘はもうおおきくなりましたがぱりんこは家の大切なお守りだからこれからもずっと食べようねと言っています。これからも親子共々、長いお付き合いをよろしくお願いいたします。ニックネーム/まさえさん
続きを読む閉じる -
母と娘と「ぱりんこ」
実家に帰るたび、母がいつも買い置きしてくれていた「ぱりんこ」。母がいなくなってからも、その記憶は色褪せることなく、私に深い安らぎを与えてくれる。娘が2歳の頃、保育園の誰よりも早くひらがなが読めるようになった。そのことを電話で伝えると、母は「すごいねぇ」と、自分のことのように喜んでくれた。娘を連れて実家を訪れたときのこと。母はおもむろに「ぱりんこ」の袋を手に取り、娘の目の前に差し出した。「これ、読める?」娘はにっこりと笑い、少し得意げに「ぱ、り、ん、こ」と、幼い声で一文字ずつ読み上げた。その瞬間の母の顔を、今でも忘れない。私の方を振り返り、「ほんとに上手に読めるねぇ」と言った、あのとびきり温かい表情。もう母はこの世にいない。でも、あの時の母の眼差しや、畳の部屋に響いた娘の声は、今も私の中に深く根を下ろしている。覚えたてのひらがなを誇らしく読む幼子と、それを慈しむように見守る祖母。そんな、どこにでもあるような小さな幸せを、私は今も心の中で大切に抱きしめている。ニックネーム/一緋さん
続きを読む閉じる -
海外発送、思わぬ贈り物
今から20年以上も前のしくじり談です。仕事で、海外拠点への荷造りを頼まれました。全部で約50件弱。作業していると上司から「ぱりんこ」の大袋の差し入れ。ありがたく頂き、荷造りは無事に終わりました。荷出しを終えた数週間後、海外のとある拠点からお礼のメールが届きました。「荷物、届きました。懐かしい日本のお菓子、すごく美味しかったです。」どうやら荷物のなかに「ぱりんこ」の小袋が紛れて入ってしまったようです。深く反省しつつ、どう返事をしてよいものか悩みました。ニックネーム/団くるみさん
続きを読む閉じる -
友情のぱりんこ
私が小学3年生の時、友だちとケンカをしてしまった時、私がなかなおりをしようかまよっているとたなにはいっているぱりんこが目に入って、友だちにあやまり、ぱりんこをなかなおりのしるしにわたしました。今でも友だちと公園で食べていて元気をもらってます!!ニックネーム/はるかっちさん
続きを読む閉じる
-
かかったなぱりんこ作戦に
年に一度娘家族が帰省する我が家。孫二人がまだ就学前のことだ。その年は爺がとっておきの「ぱりんこ」の入った袋を来るとすぐに渡した。居間で、庭に出ての大騒ぎの最後に恒例のかくれんぼをすることになった。もちろん見つけ役は爺だ。二階に上がり、一階と庭をヒトめぐりした後、カーテンやふすまを開けて覗いてみようとした。そおっとそおっと足音を忍ばせながら各所を巡り、最後にトイレではと思い扉の前に立っていると、二階の浴室からかすかにパリパリと小さくも爽やかな音が聞こえてきたのだ。もしやと心を決め扉をあけると二人が仲良く並び、ぱりんこの食べかけを手にしていた。「がまんできなくて」と口をそろえて言う。即座に「爺の作戦にかかったな」と言うと「やられた」と返ってきた。大笑いのひと時になった。ニックネーム/山峰雲海さん
続きを読む閉じる -
祖父の「入れ歯の試運転」
新しい入れ歯を作ったばかりの祖父。最初に何を食べるのか注目していたら、仏壇から持ってきたのは「ぱりんこ」でした。「この軽やかな割れ具合が、歯の調子を測るのに一番ええんや」と、真剣な顔でポリポリ。軽快な音が響くたびに、「よし、今日も絶好調やな」とご満悦。以来、我が家ではぱりんこが「歯のバロメーター」と呼ばれています。ニックネーム/コナナさん
続きを読む閉じる -
ぱりんこをめぐる夫婦バトル
夫が夜中にこっそりぱりんこを食べていたのを翌朝発見し、「犯人はあなたね!」と笑いながら追及したら、夫は真顔で「ぱりんこが呼んだんや」と謎の言い訳。あまりに堂々としていて、怒るより先に吹き出してしまいました。それ以来、我が家では“ぱりんこに呼ばれたら仕方ない”が合言葉です。ニックネーム/あこちゃんさん
続きを読む閉じる -
パニック・ぱりんこ
おおよそ20年ほど前に、祖母が「ぱりんこ」を「りんご」と聞き間違え、母が毎日「娘(私)がぱりんこが好きで5個から10個くらい食べるのよ」と言った時にびっくりして体調を確認するために、翌日大阪から東京に慌てて来たこと。ニックネーム/小麦大好き太郎さん
続きを読む閉じる -
義父のお土産
今から35年前、娘が8ヶ月の頃、義父はデイサービスに通っていました。その時のおやつが、“ぱりんこ”でした。いつも食べずに「〇〇ちゃん、お土産だよ」と、左半身まひの不自由な体で、大切にカバンの中に入れて持ち帰ってきました。娘はまだ食べることはできませんでしたが、袋の上から一生懸命かんでいる姿を見て、喜んでいた義父の笑顔を今でも覚えています。ニックネーム/コリドラスさん
続きを読む閉じる
-
言葉にしなくても伝わった、机の上の小さな応援
テストで思うような結果が出ず、誰とも話したくないまま家に帰った日。部屋に入ると、机の上に見慣れたぱりんこの袋がそっと置かれていました。何も書かれていないし、特別なことがあったわけでもないのに、それが母からのものだとすぐに分かりました。声をかけられるよりも、そのさりげなさがかえって心にしみました。袋を開けて一枚手に取り、ゆっくりとかじると、いつもと同じはずの味がその日だけ少しやさしく感じられました。張りつめていた気持ちがほどけていき、気づけばもう一枚と手が伸びていました。静かな部屋の中で、一人で食べているだけなのに、不思議とひとりじゃない気がしました。励ましの言葉はなかったけれど、あの一袋で十分でした。あの日からぱりんこは、ただのお菓子ではなく、そっと寄り添ってくれる存在になりました。落ち込んだとき、あのときのことを思い出して、また前を向こうと思えるようになりました。今では袋を見るたびに、あの日のやさしさがよみがえり、少しだけ強くなれた自分に気づきます。ニックネーム/しょうごさん
続きを読む閉じる -
私の青春の味
高校に入学したばかりのころは、まだクラスのみんなとあまり話せず、いつも少し緊張していた。そんな放課後、近くにいた子が「ぱりんこ」を差し出してくれた。2枚入っているぱりんこを1枚ずつ分けて一緒にたべたことで、自然と会話が生まれ、笑顔になれた。ぱりんこのやさしい味は、友達との距離を縮めてくれた青春の味になった。ニックネーム/ぴよぴよぴさん
続きを読む閉じる -
ぱりんこ雲隠れ事件簿
それは突然起こった。私の目の前で、ぱりんこが一瞬で消えたのだ。ある日の晩、台所の机の上に、父がぱりんこを数個広げるように置いた。新聞を読みながらぱりんこを頬張る父。母と姉はチョコレートやクッキーをつまんでいる。私はぼんやりとテレビを見ていた。いつもと変わらない光景だった。父がテレビを近くで見たくなったようで、新聞をぱりんこの上に置き、一つをくわえたままテレビの前へ歩いていった。その瞬間だった。母がバッと新聞を上げ、下にあったぱりんこに手を伸ばした。姉もすかさず数個を確保。父がテレビに夢中なのを確認しながら、二人はぱりんこを口へ運ぶ。急な出来事に私は動けずにいた。そして母と姉は、もぐもぐしながら新聞を元の位置に戻した。父が戻ってくると、パッと新聞を上げる。父の目は点になった。新聞をばさばさ振ってみたり、机の下を覗き込んだり、椅子の上を見たり。お菓子置き場にも向かった。でも、ぱりんこはどこにもない。そりゃそうだ。父のぱりんこは、すでに母と姉の胃袋の中なのだから。ニックネーム/夏目わかさん
続きを読む閉じる -
ぱりんこのおかげ
テスト週間の張りつめた空気の中、少しの息抜きにみんなでぱりんこを食べた時間は私にとって特別な思い出として心に残っている。勉強の合間に他愛もない話で笑い合いながら、同じお菓子を分け合うだけで不思議と気持ちが軽くなった。忙しくて余裕のない日々でも、あのひとときがあったからこそ、頑張れた気がする。「ぱりんこ」の味とともに、仲間との温かい時間が今でも思い出される。ニックネーム/(匿名希望)さん
続きを読む閉じる -
春の思い出
中学校に入学して音楽が大好きな私は吹奏楽部にすぐ入部しました。先輩方はとても大人に見え緊張と楽しさが入り混ざって全てが夢の様でした。部活動以外でも私たち後輩と一緒に何かをする事を考えつき盛り上げてくださいました。部活動が終わった後1人10円ずつ出し合って校門の前にある商店で”ぱりんこ”を買ってトランプをしながら皆んなで食べるのです。ワクワクしながら大人な先輩の後ろを多人数でついて行き買い物を済ませる間の春の夕暮れ、憧れの先輩、全てが体験したことがないような気分で、今でも"ぱりんこ"を食べる度、淡い思いでとしてよみがえります。ニックネーム/しばちゃんさん
続きを読む閉じる
-
はじめてのぱりんこ
娘が離乳食を終えた頃、おやつでぱりんこをあげた。赤ちゃんせんべいと違ってちょっぴりかたいぱりんこに、目をまんまるくさせる娘。生え揃ってきた歯でかじりつき、初めて感じるしょっぱさに一瞬口を離す。でもまた恐る恐る舐めて、今度はにっこり笑う。一袋のうち一枚を食べ終わると「んー!」と手を伸ばして、でも「もう一枚はまたね」と伝えられる。途端に顔をくしゃっとさせて泣きそうになる娘。そんな娘がいじらしくて、私は「もう一枚あげたい」と「二枚はまだこの月齢では多いよね」で葛藤する。キッチンで洗い物をする夫をこっそり見てから、「じゃあママと分けっこしよう」と悪だくみを持ち掛ける。仕方ない、怒られる役はママが引き受けてあげよう。ぱりっと割ったときの小気味よい音に、娘も目をきらきらとさせる。半分に割るつもりが、三枚くらいに割れてしまった。夫も気づいたら後ろにいて、結局三人で分けて食べた。(夫も娘に甘いので怒られなかった)ぱりんこは、ちょっとしょっぱいけれど、優しい味。三人で「おいしいね」って食べたあの日のこと、きっと、ずっと忘れない。ニックネーム/ちゃんこさん
続きを読む閉じる -
受け継がれるぱりんこ好き
息子はぱりんこが大好き!好きすぎて、もうダメ!というまで食べてしまいます。実家でアルバム整理をしていたときのこと。30年前の私の写真が出てきました。口の周りをお菓子の粉だらけにしてなんと、「ぱりんこ」を大量に食べている私の姿。息子が、お母さんも食べすぎてるじゃん!!と言って大笑い。まさか息子のぱりんこ好きは、私から受け継がれたものだったとは!!50年続く変わらない味が、時を超えて私と息子を繋いでくれた瞬間でした。ニックネーム/ミナトさん
続きを読む閉じる -
はじめましてのぱりんこ
日雇いでその都度違う会社の倉庫で働いている。人見知りが激しい私はコミュニケーションをとるためお菓子をしのばせている。飴、ガム、チョコだと真夏の冷房ない倉庫ではベタベタになってしまう。それでぱりんこを持っていく。名刺代わりに名前を書いた小さいメモや付箋を貼る。はじめての会社でも話せる仲間達ができる。歯が悪い人でも硬くないので気兼ねせずに渡せる。一枚3時のおやつに。もう一枚帰りに。小腹を満たして元気になれる。みんなを笑顔に幸せにしてくれるお菓子である。ニックネーム/めぐえもんさん
続きを読む閉じる -
ちいさながんばれ!
新しく始めたアルバイト。小さな町のクリーニング屋さんの受付。今まで経験してきたアルバイトと大きく異なるのは、すべての業務を一人で行わなければならない。つまり、ワンオペであるということ。従業員は私を含めて4人。育休中の若いママさん。私よりも後に入った年上の女の人。リーダーを務めるおばさま。お店には従業員が休憩できる小さなスペースがある。休憩時にはお茶を飲んだり、お昼を食べたり、一息つくための場所である。とは言えワンオペ中に一息つくのは難しい。お客さんはいつ来るのかわからないので常に気にかけているからである。ここの棚には、紙コップとお茶と、ちょっとしたお菓子を入れている。お菓子はみんなで足し継いでいる。私はチョコレートを買うことが多い。「疲れたときは甘いもの」が定石だと思っているからだ。それを見込んでのことか、おばさまはせんべいを買ってきているらしい。苦労するのは、やはり混雑時。つかの間の休憩。棚を見たときにあった小さなせんべい。塩味はさっぱりとしてやさしい。落ち着く。自分ではない誰かからのエールのように感じた。疲れたときにはせんべい、もありだなと思った。ニックネーム/はむすたさん
続きを読む閉じる -
引き出しのぱりんこ
長年も教師を続けていると、言葉だけではどうにもならない人間関係があることを痛感する。隣席の同僚とはまさにそれで、必要最低限の会話すらどこか刺々しく、放課後の職員室に流れる沈黙がいつも苦痛だった。ある時、あまりに場が持たず、無意識に机の引き出しの「ぱりんこ」に手が伸びた。個包装を開けるカサカサという音で、ふと同僚と目が合う。咄嗟に「……食べます?」と一袋差し出した。相手は一瞬きょとんとしたが、「ああ、懐かしい」と受け取った。静かな部屋に、二人分の「ぱりん!」という音が響く。その拍子抜けするほど軽い音が、張り詰めていた空気をふっと抜いてくれた。「これ、ついつい手が伸びますよね」という相手の声は、驚くほど穏やかだった。難しい教育論を交わすより、一枚のお菓子を分かち合うほうがずっと早く心が通うこともある。私の引き出しには、今もあの小さな「ぱりんこ」が、お守りのように入っている。ニックネーム/空人さん
続きを読む閉じる
-
すれ違いもぱりんこで解決
ある日、私は成績が中途半端でどこの高校を受験するかとても悩んでいました。そんな時、父親と高校受験についてすれ違いが起き、喧嘩してしまいました。しかし、その夜私は強く当たってしまったことをとても後悔しどうすれば解決できるかを考えたところ小さい頃から父親の好きな「ぱりんこ」が頭に思い浮かびました。次の日の朝、スーパーでぱりんこを二袋買い父親に手紙を添えて渡したところ、とても喜んでくれ、仲直りすることができました。ニックネーム/ひなすけさん
続きを読む閉じる -
ぱりんこ、まさかのスーパーセーブ!
子どもが少年サッカー団に所属していた頃、試合の日には保護者がちょっとした差し入れを持ち寄るのが恒例でした。私はある日『軽い・食べやすい・みんな好き』という三拍子そろったぱりんこを選択。これは絶対に喜ばれるはず、と自信満々で袋を開けようとした瞬間、事件は起きました。フィールドから飛んできたサッカーボールが、まるで狙ったかのようにぱりんこへ直撃。袋の中でぱりんこは見事に粉砕され、まさかの“ぱりんこ粉”に変身しました。私が呆然としていると、子どもたちは「うわ、ぱりんこ散った!」と大爆笑。しかしその後「じゃあみんなで食べよー!」と、割れたぱりんこをつまみながら楽しそうに輪になっていく姿に、なんだかこちらまで笑ってしまいました。形は崩れても、みんなの仲はむしろ丸くなる。ぱりんこ、まさかのスーパーセーブでした!ニックネーム/GREENさん
続きを読む閉じる -
響け!ぱりんこをかじる音
高校生の頃、私はよくおやつとしてぱりんこを持っていってました。ある日の昼休み、仲の良いAにぱりんこをあげると、「今から部活だからそこで食べるわ~」とぱりんこを持ったまま行ってしまったA。すると、私が昼食を食べているとき突然、ぱりっばりばりの音とともに「ぱりんこまいう~」との声が天井から降ってくるじゃないですか!Aは放送部だったんですけど、機械にもたれてぱりんこ食べてたら誤ってスイッチが入っちゃったそうです。先生にこっぴどく叱られたそうですが、学校中で人気になり、その後いろんな人からぱりんこをもらっていたAでした。ニックネーム/おたまさん
続きを読む閉じる -
元気の印
小学生の頃、病弱だった私は頻繁に発熱、腹痛、下痢などで学校を休みがちであった。重度の時は、食欲もなくおかゆや果物の絞り汁で過ごし、体調の回復とともにようやくなにかしら固形物が食べたくなった。そこで活躍したのが発売されたばかりの「ぱりんこ」である。病み上がりにはちょうどいいやわらかさ、やさしい塩味が私を虜にした。いつしか「ぱりんこ」を食べれば間もなく立ち上がり学校に行けるというバロメーターにもなった。それ以来、50歳を過ぎたおじさんの大好きなおやつの座を守り続けている。ニックネーム/清水星(きよみずのほし)さん
続きを読む閉じる -
半分こが教えてくれたこと
子どものころ、家にあったお菓子といえば、決まって「ぱりんこ」だった。甘じょっぱい味と、軽い食感が好きで、気づけば何枚も食べてしまう。けれど、うちにはひとつだけルールがあった。それは「最後の一枚は半分こにする」というものだ。ある日、私はその最後の一枚をこっそり全部食べてしまった。兄弟に見つからなければ大丈夫だと思ったのだ。でもすぐにバレた。袋の中は空っぽで、言い逃れはできなかった。叱られると思って身構えたが、母は少し困ったような顔をして、「最後の一枚が一番おいしいのにね」とだけ言った。その言葉を聞いたとき、なぜか胸の奥がじんとした。怒られたわけでもないのに、自分がしたことがとても小さく、そして恥ずかしく思えた。それ以来、私は「半分こ」という言葉を少しだけ大事にするようになった。ぱりんこを分け合うたびに、あの日のことを思い出す。半分にすることで、味が減るわけではない。むしろ誰かと一緒に食べることで、少しだけおいしくなる気がする。今でもたまにぱりんこを食べると、自然と誰かに「半分こしよう」と言いたくなる。あのとき母が言った一言は、ずっと心の中に残っている。ニックネーム/一高星さん
続きを読む閉じる
