三幸製菓

うちどく時間

ふしぎ駄菓子屋 銭天堂「こばんの新作せんべい」 作・廣嶋玲子 絵・jyajya

 ふしぎな駄菓子屋(だがしや)銭天堂(ぜにてんどう)」。ここで()られているお菓子(かし)やおもちゃは、どれも魔法(まほう)のようなものばかり。
 そして、それらをこしらえているのが、地下(ちか)工房(こうぼう)ではたらく(きん)(まね)(ねこ)たちだ。チョコレート担当(たんとう)(ねこ)もいれば、あめ担当(たんとう)(ねこ)もおり、せっせとお菓子(かし)(づく)りをしたり、(あたら)しい商品(しょうひん)(かんが)えたりと、みんな毎日(まいにち)いそがしく仕事(しごと)にはげんでいる。
 その(なか)に、こばんという(まね)(ねこ)がいた。担当(たんとう)はせんべいで、これまでに「お稲荷(いなり)せんべい」や「やりなおしおこし」などを(かんが)えだしたベテランである。
 だが、このところ、こばんは(なや)んでいた。
「そろそろせんべいコーナーに、(あたら)しい商品(しょうひん)()したいものでござんすねえ」
 駄菓子屋(だがしや)のおかみ、紅子(べにこ)にそういわれたのに、いいアイディアがぜんぜんうかんでこないのだ。
「きっと、工房(こうぼう)(なか)でとじこもって(かんが)えているから、だめなんだにゃ。めんどくさいけど、(そと)空気(くうき)をすって、気分(きぶん)転換(てんかん)してみるにゃ」
 こばんは、こっそり工房(こうぼう)をぬけだし、(そと)()てみた。
「さてと。とりあえず(えき)()ってみるにゃ。たくさんの(ひと)があつまるところだから、人間(にんげん)(ねが)いやのぞみを観察(かんさつ)するにはもってこいにゃ。それらをヒントにして、すごい商品(しょうひん)(つく)ってみせるにゃ! で、そのあとはのんびりゆっくりするにゃ」
 こばんははりきって(えき)にむかった。
 じつは、こばんが「銭天堂(ぜにてんどう)」の(そと)()るのは、これが(はじ)めて。()にするものすべてがめずらしく、(みみ)(はい)ってくる(おと)すべてがおどろきだった。
「はにゃ~。(くるま)(おと)ってこんなにうるさいんだにゃ。()どもたちの(わら)(ごえ)(そら)までとどくようだにゃ。わわ、あのおだんご、おいしそう。ふむむ。テレビやラジオで見聞(みき)きするのとは、(おお)ちがいだにゃ。三点リーダー三点リーダーあれ? こ、ここ、どこにゃ?」
 あっちだこっちだと()ているうちに、こばんはすっかり(みち)がわからなくなってしまったのだ。
 こばんはひとまず(たか)(へい)(うえ)にあがった。ここでなら、(ひと)()につかずに、じっくり(かんが)えごとができる。
「さて、こまったにゃ。お(みせ)にもどりたくても、(みち)がわからないにゃ。ああ、めんどくさいことになったもんだにゃ。こんなことなら、『(いえ)カエル』を()ってくるんだったにゃ。あれがあれば、どんなに(みち)にまよっても、お(みせ)にもどれたのにゃ。うう。ご主人(しゅじん)さまがさがしにきてくれると(おも)うけど、迷子(まいご)になったと()られるのは、はずかしいにゃあ」
 どうしよどうしよと、(あたま)をひねっていたときだ。一人の(おんな)(ひと)が、(みち)のむこうから(ある)いてくるのが()えた。
 スーツすがたの、(おお)きなビジネスバッグを()った(おんな)(ひと)だった。かつかつと、ハイヒールをはいた(あし)がいい(おと)()てている。()るからにせわしなく、仕事(しごと)ができそうなキャリアウーマンという(かん)じだ。
 しめたと、こばんは(おも)った。
「ああいう(ひと)なら、きっと(えき)をつかうはずにゃ。あの(おお)きなかばんに(はい)って、(えき)まではこんでもらうとするにゃ」
 こばんはすきを()て、(おんな)(ひと)のかばんにとびこんだ。かばんの(なか)はノートパソコンやファイルがどっさり(はい)っていたが、なんとかすきまにもぐりこむことができた。
「よし! あとは(えき)()くのを()つだけにゃ!」
 このときだ。プルルルと、こばんのおしりの(した)にあったスマートフォンが()りだした。
「うにゃにゃっ! な、なんだにゃ?」
 と、(おんな)(ひと)()がかばんの(なか)(はい)ってきた。こばんは、あやうくつかまりそうになったが、間一髪(かんいっぱつ)のところでなんとかよけることができた。
 ()はスマートフォンをつかみ、かばんの(そと)へと()ていった。(いき)(ころ)しているこばんの(みみ)に、(おんな)(ひと)(こえ)()こえてきた。
「もう! (にい)ちゃん。しつこいって。何度(なんど)もいってるでしょ? 今年(ことし)もわたしはそっちに(かえ)れないんだってば」
「そういって、おまえ、お(ぼん)にも(かえ)ってこなかったろ? 親父(おやじ)もおふくろも、がっかりしてたんだぞ。なあ、せめて正月(しょうがつ)くらいもどってこいよ。ばあちゃんが七輪(しちりん)でせんべいを()くって、はりきってるぞ。おまえ、あれ、大好(だいす)きだったろ?」
「は? いつの(はなし)よ?」
 (おんな)(ひと)(こえ)一気(いっき)にとがった。
「あんなの、ただの田舎(いなか)のおやつじゃない。()どものころだったから、おいしく(かん)じられただけよ。だいたい、そっちに(かえ)ったって、(ゆき)かきをさせられるだけじゃないの」
三点リーダー三点リーダー三点リーダー三点リーダー
「もういい? いそがしいから、もう()るわよ。電車(でんしゃ)()らなきゃいけないの」
 はあっと、電話(でんわ)のむこうからため(いき)()こえてきた。
「なによ、ため(いき)なんてついて」
「いや。ちょっとさびしいと(おも)ってさ。三点リーダー三点リーダーいまのおまえに、ふるさとの雪景色(ゆきげしき)はないんだな。わかった。何度(なんど)電話(でんわ)してわるかったな。(からだ)()をつけろよ」
 電話(でんわ)はそこで()れた。「なによもう」と、ぶつぶつなにかいいながら、(おんな)(ひと)はスマートフォンをかばんにもどしてきた。
 ははーんと、こばんは(おも)った。
「この(ひと)、いそがしすぎて、(こころ)余裕(よゆう)がないんだにゃ。ふるさとのことなんか(おも)()しちゃいけないと、勝手(かって)(おも)いこんでいるにちがいないにゃ」
 と、(そと)からざわめきが()こえてきた。どうやら(えき)()いたらしい。
 こばんは、さっとかばんからぬけだした。
 やはり、そこは(えき)だった。たくさんの(ひと)()きかっている。みんないそがしそうだった。(さき)ほどの(おんな)(ひと)のように、かりかりとした(かお)つきをしている(ひと)(おお)い。
 ものかげから人間(にんげん)たちを観察(かんさつ)しながら、こばんはつぶやいた。
「あの(おとこ)()は、(とも)だちにいやいやマンガを()しているにゃ。なかなか(かえ)してくれないから、本当(ほんとう)()したくないと(おも)っているのに。三点リーダー三点リーダーむこうにいるおばさんは、いじわるそうなママ(とも)のごきげんとりをしているみたいだにゃ。本当(ほんとう)はそのママ(とも)のことがきらいなのに。で、あっちのおじさんは、()(よわ)くて、いつもいやな仕事(しごと)をおしつけられていると三点リーダー三点リーダー。みんな、(こころ)(こお)らせて、自分(じぶん)気持(きも)ちを(ふう)(いん)してしまっているにゃ。だから、あんなかりかりした(かお)をしているんだにゃ」
 この(ひと)たちをどうにかしてあげたい。
 そう(おも)ったとたん、こばんの(あたま)新作(しんさく)せんべいのアイディアがわきあがってきた。(あじ)食感(しょっかん)、そしてその効果(こうか)が、どんどんうかんでくる。
「いけるにゃ! さっそくお(みせ)にもどって、(つく)ってみるにゃ!」
 こばんはいそいで、かくれていたものかげからとびだし、(えき)(そと)へと()た。(えき)から「銭天堂(ぜにてんどう)」までの(みち)は、地図(ちず)()ておぼえていたので、まようことなくもどることができた。
 そのまま、こばんは地下(ちか)のお菓子(かし)工房(こうぼう)へとかけこんだ。お(こめ)(こな)などの材料(ざいりょう)作業(さぎょう)(だい)(うえ)におき、ボウルに()れてこねこねとまぜていく。
「このくらいの()具合(ぐあい)なら、(かる)くてさくさくした食感(しょっかん)になるにゃ。水分(すいぶん)はもう(すこ)しあったほうがいいかにゃ? ふむふむ。あとは(あつ)さ。()べやすくて、このせんべいがいちばんおいしく(かん)じられる(あつ)さにしなくては」
 こばんはできあがった生地(きじ)(ちい)さくちぎっては、まるい(かたち)にひきのばしていった。(すこ)しかわかしてから、七輪(しちりん)()いていく。そのときに、うすくしょうゆをぬったり、(しお)をふったり、砂糖蜜(さとうみつ)をかけたり。
「よし。いよいよぼくの想像力(そうぞうりょく)をこめるにゃ」
 せんべいの(まえ)で、こばんはぎゅっと()をとじた。そう。(つく)()(まね)(ねこ)たちの想像力(そうぞうりょく)こそが、「銭天堂(ぜにてんどう)」の商品(しょうひん)特別(とくべつ)(ちから)をあたえるものなのだ。
 こばんは、いろいろと(おも)いうかべた。
 いそがしすぎて、故郷(こきょう)のいいところを(おも)()せなくなった(ひと)
 しかたなく自分(じぶん)()(もの)(とも)だちに()している(ひと)
 いやなことをいやだといえない(ひと)
 こういう(ひと)たちに必要(ひつよう)(ちから)、さあ、このせんべいに宿(やど)っておくれにゃ!
 (つよ)くねがったあと、こばんは()をひらいた。
 そこに新作(しんさく)せんべいが完成(かんせい)していた。ほどよい(おお)きさと(あつ)み。うす茶色(ちゃいろ)()きあげられており、片面(かためん)にはうっすらとミルク(いろ)砂糖蜜(さとうみつ)がかかり、まるで(ゆき)がつもったかのように()える。
完成(かんせい)にゃ! (あじ)自信(じしん)はあるけど、ご主人(しゅじん)さまに()べてもらう(まえ)に、だれかに三点リーダー三点リーダーあ、ばななくん。ちょうどよかった。ぼくの新作(しんさく)、ちょっと()べてみてくれないかにゃ?」
 そばを(とお)りかかった(まね)(ねこ)のばななに、こばんは新作(しんさく)せんべいをさしだした。
 でも、ばななはせんべいを()るなり、(くび)(よこ)にふった。
「ごめんなさいにゃ。ぼく、南国(なんごく)風味(ふうみ)のものじゃないと()べられないんだにゃ」
「あ、そういえばそうだったにゃ。『熱帯(ねったい)()』のお(たから)から()まれてきたせいか、ばななくんは()ききらいが(おお)いんだったにゃ。三点リーダー三点リーダーばななくんのようなお(きゃく)さんのために、もう一つ、ちがう(あじ)のも(つく)っておくにゃ。それからご主人(しゅじん)さまに試食(ししょく)してもらうにゃ! オーケーをもらえたら、祝福(しゅくふく)(まね)(ねこ)さまに奉納(ほうのう)して、それから商品(しょうひん)(だな)にならべるにゃ!」
 そうしてできあがったせんべいを、こばんは「銭天堂(ぜにてんどう)」のおかみ紅子(べにこ)のもとへと()っていった。
 おすもうさんのように(おお)きな(からだ)を、古銭柄(こせんがら)(あか)紫色(むらさきいろ)着物(きもの)でつつみ、()(しろ)(かみ)にいくつもの(たま)かんざしをかざった紅子(べにこ)は、(おく)部屋(へや)でくつろいでいた。が、こばんがせんべいを()っていくと、すぐさま試食(ししょく)してくれた。
 (あじ)わうようにゆっくりと()べたあと、紅子(べにこ)はにっこりとした。
「これはよい(あじ)わいでござんすねえ。(うえ)にのっているのは、ミルク(あじ)のお砂糖(さとう)でござんすかえ?」
「そうですにゃ。片面(かためん)にだけぬってありますにゃ」
「なるほど。そのまま()べればしょっぱく、ひっくりかえして()べればあまい(あじ)(たの)しめる。工夫(くふう)がこらしてござんすね。この(かる)食感(しょっかん)もとてもようござんす。名前(なまえ)はなんというのでござんすかえ?」
「『雪解(ゆきど)けせんべい』ですにゃ。(こころ)(こおり)()かし、すなおにさせる効果(こうか)()たせましたにゃ。あ、それから、こっちもどうぞですにゃ。(おな)効果(こうか)のあるせんべいだけど、こちらは(ふか)みのある黒糖(こくとう)ミルク(あじ)にしてありますにゃ」
「まあ、二種類(しゅるい)(つく)ったんでござんすかえ? めんどくさいが(くち)ぐせなのに、こばんさんはいつも(こま)やかでござんすねえ。では、黒糖(こくとう)ミルク(あじ)のほうもいただくでござんす。三点リーダー三点リーダーうん。これもおいしゅうござんす。黒砂糖(くろざとう)がなんともこうばしい」
「ありがとうございますにゃ。それで、どっちがいいですかにゃ? あと、いつからお(みせ)()してくれますにゃ? 予定(よてい)(おし)えてもらえれば、どんどん(つく)っておきますにゃ」
 自信(じしん)たっぷりに()くこばんに、紅子(べにこ)(もう)(わけ)なさそうにいった。
残念(ざんねん)ながら、不採用(ふさいよう)でござんす」
「にゃにゃっ! な、なんでですにゃ!」
(こころ)をときほぐし、すなおにさせる三点リーダー三点リーダー。あまりにあいまいでござんす。もっとこう、ピンポイントにお(きゃく)さまの(なや)みやのぞみにこたえる(しな)でなくては」
三点リーダー三点リーダー三点リーダー三点リーダー
「だいじょうぶ。こばんさんなら、きっとすばらしいおせんべいを(つく)れるでござんす。がんばってくださんせ」
「うにゃ三点リーダー三点リーダー最初(さいしょ)からやりなおしですにゃあ。とほほ。一番(いちばん)めんどくさいことになってしまったにゃ」
 がっくりうなだれるこばんに、紅子(べにこ)はさらに言葉(ことば)をつづけた。
「それはさておき、このおせんべいは本当(ほんとう)においしゅうござんす。ぜひ、今日(きょう)の三()のおやつに、みんなでいただきたいもの。ということで、こばんさん、今日(きょう)のおやつ、これにしてはどうでござんすかえ?」
「えっ! ぼくのせんべいを今日(きょう)のおやつに?」
 紅子(べにこ)言葉(ことば)に、こばんは(すこ)元気(げんき)をとりもどした。三()のおやつは、(きん)(まね)(ねこ)たちにとって一番(いちばん)(たの)しみ。それをまかされるのは、とても名誉(めいよ)なことなのだ。
「もちろんでござんす。このおせんべいなら、ほかの(まね)(ねこ)さんたちも(おお)よろこびすることでござんしょう」
「やりますにゃ! たくさん()きますにゃ!」
 こばんははりきって工房(こうぼう)にもどった。
 その()、「銭天堂(ぜにてんどう)」の紅子(べにこ)(きん)(まね)(ねこ)たちは、おいしいせんべいをたっぷり(たの)しんだ。
「おいしいにゃ!」
「このぱりぱり(かん)がたまらんですにゃ! どれ、もう一(まい)
「あ、工房(こうぼう)(ちょう)! それはぼくの(ぶん)ですにゃ!」
「かたいこといわないでほしいにゃ、こはくくん」
「それにしても、さすがこばんくんにゃ。こんなおいしいおせんべいを(つく)れるんだもの」
「ほんと。うまいですにゃあ。このあまいミルク(あじ)()べてると、なんだかほっとしたやさしい気分(きぶん)になりますにゃあ」
「こちらの黒糖(こくとう)ミルク(あじ)最高(さいこう)ですにゃ」
 みんなに「おいしい!」と、ほめてもらい、こばんは得意(とくい)(がお)だった。
 そして、もう一つ、いいことがあった。
 おやつ(づく)りにはげむうちに、こばんの(なか)新作(しんさく)せんべいのアイディアがうかんできたのだ。
今度(こんど)はきっとうまくいくにゃ。そうしたら三点リーダー三点リーダーあの(ひと)()べてもらいたいにゃあ」
 ()べさせたい(ひと)のことを(おも)いうかべながら、こばんはふたたびお菓子作(かしづく)りにとりかかった。

 幸子(ゆきこ)(ゆめ)からさめた気分(きぶん)で、()をぱちぱちさせた。
 つい(さき)ほどのことだ。会社(かいしゃ)()くとちゅうで、なぜかうす(ぐら)路地(ろじ)にまよいこんでしまい、そこで奇妙(きみょう)駄菓子屋(だがしや)()くわしたのだ。
銭天堂(ぜにてんどう)」と看板(かんばん)がかかったその(みせ)は、()たこともないお菓子(かし)やおもちゃであふれていた。いつもならそんなものには()むきもしない幸子(ゆきこ)なのに、その(みせ)にはなぜかひきよせられた。そして、そこの新作(しんさく)コーナーにおいてあった一つのお菓子(かし)()たとたん、(むね)がどきんと高鳴(たかな)ったのだ。
 ふしぎなことだが、これは自分(じぶん)のために(つく)られたお菓子(かし)だと(おも)った。だから、どうしてもほしい。どうしても()いたい。
 そんな幸子(ゆきこ)に、(みせ)(おく)から()てきた(おお)きなおかみさんは、こころよくお菓子(かし)()ってくれた。令和(れいわ)元年(がんねん)の一(えん)(だま)とかなんとかいっていたが、幸子(ゆきこ)はそんなことは()にもとめなかった。そして、(いま)、ようやくわれに(かえ)ったのだ。
 幸子(ゆきこ)()ったお菓子(かし)()た。(ちい)さな(しろ)紙袋(かみぶくろ)で、(ふう)につかわれているシールには「なつかしおこし」と()いてある。
 (ふくろ)をあけてみると、(なか)にはまるい(かたち)のおこしがたくさん入っていた。(こめ)(むぎ)(あわ)などを(みず)あめでかためてあるらしい。
 朝食(ちょうしょく)()べていなかったこともあり、幸子(ゆきこ)はおこしを()べることにした。
「おいしい!」
 ほんのりとあまく、雑穀(ざっこく)風味(ふうみ)がこうばしい。素朴(そぼく)でありながら、いくらでも()べたくなるゆたかな(あじ)わいだ。そして、どこかなつかしい。
 一つ、また一つと、幸子(ゆきこ)()べるのをやめられなくなってしまった。すると、どういうわけか、いろいろと故郷(こきょう)のことを(おも)()してきた。
 両親(りょうしん)(あに)笑顔(えがお)()(しろ)雪景色(ゆきげしき)、おばあちゃんが()いてくれるせんべいの(あじ)
 (ふか)くうもれていた記憶(きおく)やおもいが()りおこされ、どんどんなつかしい気持(きも)ちになってくる。
 故郷(こきょう)(かえ)るのはめんどうくさい、家族(かぞく)()うのはあまえだと(おも)って、いままでずっと一人でがんばってきた幸子(ゆきこ)だが、「なつかしおこし」を()べおえるころには、すっかりふるさとが(こい)しくなってしまっていた。
今年(ことし)三点リーダー三点リーダー正月(しょうがつ)(いえ)(かえ)ろうかな」
 そのためにも、(いま)ある仕事(しごと)をきっちり()わらせなければ。
「なつかしおこし」の(はい)っていた(ふくろ)を、(みち)ばたにあったゴミ(ばこ)()て、幸子(ゆきこ)はごきげんで会社(かいしゃ)への(みち)(ある)きだした。
 もし、幸子(ゆきこ)(ふくろ)をよく()ていれば、うらがわに()いてある文章(ぶんしょう)()づいたことだろう。

「『なつかしおこし』は、(こころ)奥底(おくそこ)にしまってあるおもいや記憶(きおく)()りおこします。でも、一度(いちど)全部(ぜんぶ)()べてしまうと、なつかしさのとりこになることがあります。たとえば、ひさしぶりに(かえ)った故郷(こきょう)がなつかしすぎて、そこからはなれられなくなってしまうかもしれません。お(ちゃ)でも()みながら、ゆっくり()べることをおすすめします。」

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